従軍慰安婦2007.07.07

 

 従軍慰安婦問題をめぐって、日本政府の謝罪を求める決議案が6月26日(日本時間27日)の米下院外交委員会で可決された。いったん静まりかけていた火に油を注いだのは6月14日付のワシントン・ポスト紙に載った日本側の意見広告である。自民党と民主党の国会議員らが名を連ねて「旧日本軍によって強制的に慰安婦にされたことを示す文書は見つかっていない」と主張した。これが「日本は過去の戦争を何も反省していない」と、米議会の反感を招いた。

 国内では確かに「強制的だったかどうか」が焦点になったことがある。

 戦時下において「山口県労務報国会下関支部動員部長」の肩書があったと自称する吉田清治という人物が、1983年に出した著書で「軍から慰安婦を集めるよう動員命令を受け、韓国の済州島で205人の女性を強制連行した」と告白した。日本軍が直接関わったことを示す初めての証言として、日本と韓国で大きくクローズアップされた。歴史教科書に「従軍慰安婦」が取り上げられ、元慰安婦たちが日本政府を相手取って損害賠償請求訴訟を起こす契機にもなった。

 ところが、証言に疑問を抱いた韓国のジャーナリストや日本の現代史研究者らが済州島に渡って実地調査した結果、吉田証言は虚言だったことが明らかになり、90年代には完全に否定された。右派の論客らは、吉田証言をかつて大きく取り上げた朝日新聞に非難を浴びせた。また、教科書の記述を削除するよう求める動きも広がっていった。

 吉田証言が虚言だったからといって、甘い言葉に騙されて慰安婦にされた女性が多いことや、日本軍が慰安婦の管理に関与したことまで否定できるわけではない。にもかかわらず、吉見義明・中央大教授がこうした問題点を著書『従軍慰安婦』(岩波新書/1995年)などで詳しく論証し「広義の強制性はあった」と指摘すると、彼らは「論点のすり替えだ」と反発した。今日、安倍晋三首相が「狭義の強制性はなかった」としきりに言うのは、こうした経緯による。

 冷静に考えてみれば、こうした内向き・後ろ向きの議論が国際社会に通用するはずがない。国内向けであれば、吉田証言を持ち上げた朝日新聞に「間違っていました」と謝罪させ、教科書の記述を削除させることに意味があるとしても、世界との関係では「彼女たちが自分の自由意思で慰安婦になったのかどうか」だけが問題になる。強制連行がなければシロ、と言えないのは明白だ。そして、状況証拠から見て、自由意思で慰安婦になったのではない事例が多数あることは、とうてい否定できないのである。右派の論客や政治家は、どうしてそこがわからないのだろうか。

 

 従軍慰安婦なるものが組織的に設けられたのは日中戦争(支那事変)においてだったと言われる。上海の事情は麻生徹男『上海より上海へ』(石風社/1993年)に詳しい。

 福岡市出身の産婦人科医だった麻生は当時、陸軍に召集され、上海派遣軍の兵站病院で外科医として働いていた。戦争が始まって半年ほど過ぎた昭和13年初めのある日、産婦人科医が必要だと軍特務部から呼び出しを受け、いぶかりながら出向くと「近く開設せらるる陸軍娯楽所のため、もっか其美路沙小学校に待機中の婦女子百余名の身体検査を行うべし」と命令を受けた。「これが兵站司令部の仕事として慰安所管理の嚆矢となった」と麻生は記している。

 

 彼女らは「皇軍兵士」の慰問使として朝鮮及び北九州の各地より募集せられた連中であった。興味あることには、朝鮮婦人の方は年齢も若く肉体的にも無垢を思わせる者がたくさんいたが、北九州関係の分は既往にその道の商売をしていた者が大部分で、後者の中には鼠蹊部に大きな切開の瘢痕を有する者もしばしばあった。

 私はのちほど軍医会同にて一文を物して、この娼婦の質の向上を要求した。即ち内地を喰いつめたような者を戦地へくらがえさせられては、将兵は、はなはだもって迷惑であると。中支方面に従軍せられた方で気付かれたことと思うが、南京、漢口等の将校クラブに朝鮮婦人の多かったことも、この辺の事情に起因していると思うは、あえて私の僻目でもなかろう。

 かくして上海軍工路近くの楊家宅に、軍直轄の慰安所が整然とした兵営アパートの形式で完成した。その慰安所規定に曰く、

 一、本慰安所ニハ陸軍々人軍属(軍夫ヲ除ク)ノ外入場ヲ許サズ。入場者ハ慰安所外出証ヲ所持スルコト。

 一、入場者ハ必ズ受付ニオイテ料金ヲ支払ヒ之ト引替ニ入場券及「サック」一個ヲ受取ルコト。

 一、入場券ノ料金左ノ如シ

   下士官・兵、軍属金弐円

 一、入場券ヲ買ヒ求メタル者ハ指定セラレタル番号ノ室ニ入ルコト、但シ時間ハ三十分トス。

 一、用済ミノ上ハ直チニ退室スルコト。(以下省略=原文)

 

 麻生によれば、このときの「婦女子百余名」は日本人20、朝鮮人80の比率だったという。この段階ではまだ、軍に出入りする便利屋の男たちが「女衒(ぜげん)」のように慰安婦を集めてきたらしい。しかし、麻生の指摘したように、日本人女性に性病に感染した「商売女」が多かったことから、軍は次第に「素人」の朝鮮人女性を求めるようになる。

 問題は、どうやって素人の朝鮮人女性を集めたかだ。吉田が言ったような「人狩り」は皆無で、すべて民間業者による募集だったとしよう。その際、軍や朝鮮総督府がいっさい関与しなかったということが常識的にあり得るだろうか。民間業者とはいえ、軍専用の慰安婦を提供する「御用商人」なのだ。江戸時代なら代官、今日なら役人が御用商人に何かと便宜を図るのは、日本人なら馴染みの光景だろう。民間業者が「募集に便宜を図ってもらいたい」と言えば、軍が朝鮮総督府に依頼し、総督府は行政機構を通じて、道から郡、郡から面(集落)へと募集を下ろした可能性は充分すぎるほどあり得る。

 そして「軍」や「官」を後ろ盾とした「募集」は「割当」に等しく、末端の村々に断る自由があろうはずはない。そこへ業者が入り込み、さまざまな甘言や詐術を用いて若い女性を連れ出したのではなかろうか。船に乗せられて、気がついたら戦地に運ばれて慰安婦にさせられていた、という証言は数多くある。本人の自由意思ではなかったからこそ、元慰安婦たちは日本を恨み、謝罪を求め続けているのだ。

 

 米下院外交委の決議に対し、安倍晋三首相は「数多い決議の一つにすぎない」と無視する構えを見せた。首をすくめて嵐が通り過ぎるのを待つつもりなのだろう。「狭義の強制性はなかった」というのは安倍氏の信念のようだから。

 しかし「狭義の強制性があったか、なかったか」が、国際的には通用しない内向き・後ろ向きの議論であることは、すでに述べた通りだ。純然たる「民間の商行為」であって、軍は百パーセント関与していないと断言できない限り、日本政府は被害者に謝罪するしかないはずだ。

 NHKと朝日新聞が非難合戦を繰り広げた「番組改変問題」を思い起こす。NHKが従軍慰安婦問題を取り上げた「問われる戦時性暴力」という特集番組を2001年1月30日に教育テレビで放送した際、事前に内容を知った安倍晋三氏と中川昭一氏が、圧力を掛けて番組を改変させた、と朝日新聞が05年1月12日付の紙面で報じた問題だ。

 二人が「圧力を掛けたかどうか」は水掛け論になってしまったが、放送当時、中川氏は歴史教科書の従軍慰安婦に関する記述を問題にしていた「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の代表であり、安倍氏は同会の元事務局長という立場だった。従軍慰安婦だった女性が「日本軍に強制された」と日本の裁判所に訴え出たり、そうした言動が歴史教科書に載ったりすることを快く思わない日本人が多数いて、間違いなくその中心人物の一人が安倍氏なのである。

 安倍首相は今年4月27日、初の訪米でブッシュ大統領と会談した際、慰安婦問題を自ら持ち出し「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」と謝罪し、大統領は「慰安婦問題は世界史における残念な一章だ。私は首相の謝罪を受け入れる」と応じたという。

 朝日新聞が「謝る相手が違わないか」と社説で書いたように、奇妙な謝罪である。それもこれも、米議会での「慰安婦決議」の動きを沈静化させ、米政府との一心同体ぶりを演出するために、安部氏は心にもない言葉を吐いたのだろう。国内では慰安婦問題に蓋をしようとしてきた人物が、アメリカで騒ぎになると手のひらを返して頭を下げる。その心根が透けて見えるから、米議会に「二枚舌」との不信感が広がるのだ。

 安倍氏に限らず今の右派論客や政治家は、先の戦争を正当化する「皇国史観」と、日米安保体制をさらに強化する「軍事同盟論」とが奇妙に同居しているように見える。

 戦後体制を否定し、マッカーサー憲法を改定しようというのであれば、慰安婦問題ではアメリカに「ノー」と言うべきだろう。東京都知事の石原慎太郎氏なら、危なっかしい思想の持ち主だとは思うが、そこは一貫しているはずだ。逆に、日米軍事一体化を進め、戦争のできる国にしたいのであれば、アメリカに向かって「先の戦争は間違いだった」と宣言するしかなかろう。それとも、安倍氏や右派政治家は本心では「ノー」と言いたいのを、アメリカの圧倒的な軍事力の前に猫を被って仲良くしているのだろうか。そのへんが彼ら自身の中でも曖昧なのだ。だから、応援団が援護射撃のつもりで米国民の神経を逆撫でする意見広告を出したりするのである。

 重ねて言う。日本軍が力づくで慰安婦を引っ張ってきたかどうかが問われているのではない。植民地の若い女性を、本人の自由意思によらない方法で慰安婦にしたことが問われているのだ。個々のケースを見れば、売春をさせられると承知の上で応募した女性も中にはいただろう。しかし、それをもって「民間人が商売でやったことだ」「当時は公娼制度が認められていた」などと、あたかも全員が自由意思で慰安婦になったかのように抗弁するのは、彼女たちに対する二重の冒涜である。

 安倍晋三首相は、元慰安婦たちの声にじかに耳を傾けるべきだ。それをしないで、自説に都合のいい論者の意見をオウム返しのように繰り返すから、歴史認識の薄っぺらな「戦争を知らないお坊ちゃん」の底の浅さがすぐに露呈してしまうのである。